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「…憂鬱だわ」
朝食をとりながら、ティリエの溜息が一つ。
心なしか、目元が暗くなっている気がする。眠れなかったのか?
ちなみに昨夜の当事者の俺はティリエに布団を剥がされるまで夢の中だった。ロードはもっとひどいはずだ。
「昨日のトゥイルの件か?」
「そんなことじゃないわ。どうせ放っておいても見つけられなかっただろうし」
そんなこと…。哀れロード。
焼いた卵をパンにのせ、ティリエは一口かじった。これが、俺が唯一作れる料理だ。誰に教わったか知らないけど、こいつだけは覚えていたみたいだ。
「おいしいわ」
「そんなの、誰が作っても大差ないだろ」
ティリエは一瞬きょとんとしたが、そうねと言って卵を頬張った。
「で、何が憂鬱なんだ?」
「私、明後日村を出るの」
パンをかじりながらティリエが答える。
へぇ、村を出るのか。俺もパンをかじる。
…え?
「え、村を?どこ行くんだ?」
一瞬呆気にとられたせいで、卵がずり落ちそうになった。ティリエは淡々と答える。
「アティルピアよ」
どこかで聞いたことのある単語だ。俺が首を傾げると、ティリエは手を止め頬杖をついた。
「首都よ。前に話したでしょ、イラニドロを含む広大な土地を持つのがこのリーベ王国で、首都アティルピアはここから遥か南にあるわ。早くて片道一月半ってところかしら」
「一月半か…そんな遠くに何しに?」
「リーベには主に二つの地域があるわ。一つはアティルピアのように国が治める直接支配地域。もう一つは間接支配地域、イラニドロのように自治で成り立っている地域よ。間接支配地域は年に一度、村と付近の状況を報告しに行かなければならないの。私はその伝令士」
「面倒な決まりだな」
「そうでもないわ。問題を持ち出して解決してもらう唯一の機会だもの。例えば、ラエブはこの辺りの森には棲息しないはずなのに現れただとか、クルーガが増えただとか。今は心配ないけど、凶作の食料不足を言いに行ったこともあるわ」
ふむ、なるほどな。
恐らく直接支配地域ってのは国が思い通りにできる地域なんだろう。国は市民からの納品で成り立って、代わりに問題事の解決は優先的に、無償で取り組むの体制だ。
一方の間接支配地域は国に納品しない代わりに政策もしてもらえない。してもらうためにはそれに見合った納品が必要なんだ。
「国はどんな策を練ってくれるんだ?」
「兵士の派遣と物資の援助が基本ね。でもあまり当てにはできないわ。イラニドロはまだいいけど、政府の間接支配地域に対する扱いは冷たいものだから。国としては全て思いのままになる直接支配の方がやりやすいのよね。でも私は政府のやり片は好きじゃない」
はぁ、とティリエがまた溜息をつく。
「幸せが逃げるぜ」
「つきたくもなるわよ溜息ぐらい」
まあ、自分の行きたくない所に一人で行かなきゃいけないし、なにせ片道一月半だもんな。流石のティリエでも不安になるのは不思議じゃないさ。
「道中危険じゃないのか?まあティリエなら大丈夫だと思うけど、一人だとやっぱり…不安じゃないか?」
「…一人ならいいわよ」
ティリエは頭を抱えて机に突っ伏した。
「考えられる?アレと四六時中、それも一月半二人きりなのよ!気まずいことこの上ないわ。どうにかなりそう」
そういうことか。
「まぁまぁ、でもあいつ、そんなに悪いヤツじゃないだろ?腕は立つし、護衛にはもってこいだと思うけど」
「冗談言わなくて、頭で考えてから行動できて、静かに森の生物学でも語り合えるようになったら考えるわ」
これはひどい。全否定じゃないか。
ところがうなだれてたティリエは、ばっと顔を上げた。その目はまっすぐ俺を見つめている。な、なんだ?
「アルツも来る?」
…これって今すぐ返事しなきゃいけないんだろうか。だよな、ティリエは考える余地なんて与えてくれなかった。
「そうよ、アルツも来ればいいんじゃない。なんでもっと早く気付かなかったのかしら」
「おいおい、ちょっと…」
「あなたロードと仲良いでしょ?どうせ私がいなくなったら、まだよく知らないところに放り出されたも同然になるのよ?完璧じゃない。お願い、私と彼の板挟みになって」
物凄い頼み方だな。もうちょっと選ぶ言葉なかったのか。
正直、俺は村で一人でやってけって言われたらできる自信はあるんだ。そりゃ不便だろうけど不可能じゃない。でもティリエの瞳は俺にものを頼むというよりは、何かの決意に満ちていた。
「…何か役に立つことをする自信はないけど」
「あなたの存在が大切なのよ」
そうすればロードはあなたのところに行くから
そんなとこだろうな。
「二人きりの邪魔になるぜ」
「大いに邪魔してくれて構わないわ」
それ以外に特に断る理由が見つからなかった俺は、深く考えずにあっさり了承してしまった。
村より楽しそうだ、そう思っただけなんだ。